Failure

失敗





皆失敗は経験していると思う。国宝級の壷の上にトップライトを落してしまったとか、二度と再撮ができないのにカメラにフィルムが入ってなかったとか、数千万する撮影商品のダイヤの指輪を無くしてしまったなどのカメラマン生命にかかわる失敗から、持って出たフィルムが間違っていたとか、露出計を忘れてポラを引きまくったりといった小さな失敗まで。

アシスタントを卒業し、駆け出しのカメラマンとしてようやく走り始めた頃、雑誌の料理店紹介の小さな仕事をしていた。仕事内容は、店の外観、内観、おすすめ料理の写真、料理長のポートレートなどを撮影する。カメラは 35mm でポジ撮りだった。一日にライターと一緒に、2〜3軒まわるという結構なハードスケジュールだった。当時はもちろん、車もない、1200W クラスのストロボも持ってない。持っている物は、35mmのカメラと申し訳程度のグリップタイプのストロボが一台あるだけだった。一軒撮影すると 5000円〜10000円ぐらいのギャラだったと思う。

蛍光灯の店、タングステンの店、ミックス光の店、さまざまだった。必然的にフィルム、フィルターとも結構な種類を用意する。カラーメーター、35mm 用ポラロイド、などという高価な代物は持ってなかったので、ほとんどが勘の世界だった。おかげで使うフィルムの選択、フィルターの選択にはいい修行になった。
こういう仕事をしていると必然的に経費を出来るだけかけないことを考えるのは誰でも同じだと思う。そりゃあ、一軒3万円ももらっていれば、35mmのフィルム代、現像代、交通費なんて難しく考えないだろう。
ところが、一軒 5000円〜10000円ぐらいなのだから経費をどうやってかけないか必死に考える。まず、交通費はどうにもならない。次にフィルム代、現像代である。タングステン、デイライトのフィルムを使い分ける、これが結構無駄が出るのである。2台のカメラに両方詰める、ところが、10カット前後撮っただけで余ることがある。この無駄を少なくできないだろうか?と考えた結果、「余った時にはフィルターで補えば良いではないか!」。例えば、タングステンのフィルムで店内を撮ったとしよう。その次、ストロボでデイライトのフィルムを使って料理長のポートレートを撮ったりするのだが、「それをタングステンの余ったフィルムで撮影してしまおう!フィルターで変換してしまえば関係ないじゃないか!」という算段だ。正直、写っていれば良いという次元である。もちろん今となってみれば、とてもじゃあないが、そんなことは考えられないし、フィルムの特性を知っていたら絶対にやらない事であるが、当時は名案だと思ったのである。

そして、運命の時は刻一刻と迫る。その日の最後の撮影は、タングステンのフィルムで店内を撮影した後だった。後は料理の写真を残すだけだ。しがないグリップストロボに小さいライトバンクをつけて露出を測っていた時、「もったいないからタングステンのフィルムで撮ってしまおう!」と、私の足りない頭は考えたのである。そして、実行に移す。
次の日、堀内カラーに上がりを取りにいって、愕然とする。そう、変換したはずのタングステンの料理の写真が真っ青なのだ。変換を間違えたのである。85Bを入れないといけないのに、80Aを入れていたのだ。もちろん、今なら85Bを入れたからといって綺麗に上がらないのはわかっている。それよりもとんでもない変換をしてしまった愚かなカメラマンの気分といったら........
その日は、一人でそそくさと機材を持って昨日撮影に行ったお店に行き、「いやー現像所が失敗しちゃって」なんてみえすいた嘘を言いながら再撮をするみじめなカメラマン一人。お店側は嫌な顔一つせずに昨日と同じ料理を作ってくれる。こうなるとますますみじめになる。

プロカメラマンが撮った写真は必ず写っていなければいけない。写真の善し悪し上手下手というのは写ってなければ話にならない。(2002.12記)


上の写真はこのホームページ用の撮影風景である。この時撮っていたのはPM5だったが、上がりが良くなく再撮しようと思っては要るのだが未だに実現できないでいる。

ちなみに上記の最初の失敗談のほとんどは私が聞いた事実である。よくもまあこんなにすさまじい失敗をしたものだと感心する。国宝級の壷を割ったその後、「国宝級の商品撮影にはトップライトを入れてはいけない」というきまり事ができたそうだ。ダイヤを無くしたカメラマンは(どうやらモデルが盗んだらしい)始末書で済んだらしい。二度と再撮のできなかったものはよそのカメラマンから借りて来たらしい。露出計を忘れてヨドバシカメラに買いにいったという話もある。4x5のカメラで撮影なのに三脚を忘れたという話はいろんな所から聞く。私も大きな声じゃあ言えないが一度やった事がある(カメラは6x6だったが)。ストロボのシンクロコードを忘れたとか、忘れもの関係は物によるが痛恨の一撃だったりすることがよくある。普段仕事で撮影をしていない方は「なんで忘れ物なんてするの?」と思うかもしれない。例えば、現地で4x5で商品撮影と6x6でモデルの撮影があったとしよう。持っていく機材はカメラ、フィルム、ポラホルダー、スポットメーター、カラーメーター、フラッシュメーター、ゼラチンフィルター、ストロボ4台、ライトスタンド、トップアーム、アンブレラ、ライトバンク、グリッドスポット、ウエイト、延長タップ(場合によってはドラムタップ)、ディフュージョンフィルター、トレペ、ガムテープ、パーマセルテープ、ポールキャット、クランプ、バックペーパー、グラデーションペーパー、ラシャ紙、ケント紙、デコラ、など多数になる。こんなにも大量の機材をアシスタントと二人で用意して車に積み込むのだが、量に圧倒されて三脚を入れ忘れたりすると写真は撮れなかったりする。チェックリストを作ったとしても、チェックリストに入れ忘れたりする。おっと白ボードも入ってなかった。(2003.4.17記)



三沢達則[shooter@mue.biglobe.ne.jp]


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