Good SHOT

シャッターチャンス





写真学生時代、某新聞社のスポーツ紙の暗室アルバイトを一年ばかりしていた時がある。学校が終ると大手町まで行き、夜 11 時過ぎまで働いていた。暗室ばかりというわけでもなく、一週間に一、二度、現場にも出させてもらっていた。
あるとき、ボクシングの試合を撮るチャンスに恵まれ、後楽園のロープぎわに座った。選手の血と汗がふりかかる距離だ。撮影機材は、会社から支給されていたモータードライブの付いた F3P 二台に 35mm と 28mm のレンズを付けた組合せだ。レンズの選択は先輩カメラマンにいわれた通りにした。実際このレンズ選択は絶妙だった。
2 試合撮り、撮影したフィルム本数 20 本以上。ところが選手にパンチがヒットした写真は一枚も無いのだ。「ハダカの男がダンスをしている写真を撮ってきてどうするんだ!」とデスクに怒られた。先輩カメラマンが撮って来るボクシングの試合の写真には、必ず相手の選手にパンチがヒットしているカットが写っている。しかも一本のフィルムに付き20カット以上。実力の差がまざまざと見せつけられる一瞬である。
ある日、何回目かのボクシングの撮影の時、年配のカメラマンが私の隣に座った。如何にもボクシングの撮影の「ベテラン」といった感じの人だ。その人がカメラバックから出したカメラは Canon 旧 F-1n に FD35mmF2.8 。モータードライブは付いていない。手巻きで撮影するつもりらしい。「まさかボクシングの写真を?」と、ちょっと信じられない気分だった。しかし、試合が始まってしばらくすると、隣に座ったそのカメラマンには全然勝てない事が判る。とにかく彼が創り出すシャッター音を聞いているだけで、どんな写真が撮れているか容易に想像できてしまうのだ。まさしくヒットの瞬間にシャッターが切れている。結局、彼が撮った本数はわずかに1、2本だったと思う。この事実は当時の私にとってかなりの衝撃であった。
アルバイトが終って家に帰ってから、自分のカメラに付いている全てのモータードライブを外してしまった。バイトして苦労して買って揃えたモータードライブが何の価値もない鉄のオモリに見えてきたのだ。



三沢達則[shooter@mue.biglobe.ne.jp]


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